自然の学びを生かした住まいづくり38

・メダカの水はなぜ腐るのか?
・植物はなぜ朝日を必要とするのか?
・植物は根に影響を受けるのはなぜか?
・花ビンの花はなぜすぐにダメになるのか?
・食べ物はなぜ腐るのか?
・カーテンがカビるのはなぜか?
・低気圧は体調を崩しやすいのはなぜか?

私達が生活してゆく上に
色々と自然が教えてくれることが
たくさんあります。その住まいづくりを
かかげてみました。



量産住宅に責任をもつ経営者がいない

 私の住宅観は自然というもの抜きでは語れません。どのような工法の住宅であっても自然と共生できる環境でなければ健全な家庭の永続はあり得ないと確信を持ってきました。そして長年月を経て現在に至っているわけですが、その確信はますます強く、自信は高まるばかりです。

 今までも「頑固職人」、「意固地人間」などと言われてきましたが、まったく気にとめていません。自然にこだわった住宅を提案し、提供してきた結果、住む人に安心で満足な日々を過ごしていただいていることが確かだからです。

 現代の住宅は自然の脅威に対しては必要以上に対応していますが、その為に自然の恩恵に対する配慮の方は軽視されています。阪神大震災は多くの教訓を残しましたが、帯状の活動帯にあった建物以外は倒壊がなかったように、よほどのことでない限り建物の耐震性は保たれます。いつ大地震が発生するかわからないのに耐震性ばかりにこだわり生活環境を軽視して日常の生活を犠牲にするような発想は正しくありません。住宅は自然の脅威と恩恵のバランスをとることが不可欠条件です。

 日本人は一部に悪い状態が発生すると、そのためにすべてを悪いと決めつけがちです。商売仇はそれを誇大に宣伝し、自社の製品を有利にすることを考えます。住宅業界は利益があれば手段を選ばぬルールなき業界です。とくに大企業には企業理念がなく、「売れればよい」ということで、社会のニーズが変われば、今まで良いことづくめで宣伝してきた住宅を捨て、散々けなしてきた工法に参入する、そのあつかましさにはあきれるばかりです。それに比較すれば、職人辰つあんの終始変わらぬこだわりは貴重なのかもしれません。
 「社会善」といってもよいかと自負しています。

幸せを生む住まい 間取りは住まいの命
  ウシキ株式会社
 

自然の学びを生かした住まいづくり37

・メダカの水はなぜ腐るのか?
・植物はなぜ朝日を必要とするのか?
・植物は根に影響を受けるのはなぜか?
・花ビンの花はなぜすぐにダメになるのか?
・食べ物はなぜ腐るのか?
・カーテンがカビるのはなぜか?
・低気圧は体調を崩しやすいのはなぜか?

私達が生活してゆく上に
色々と自然が教えてくれることが
たくさんあります。その住まいづくりを
かかげてみました。



住宅環境に無関心な住宅業者の罪は重い【2】

 私はハンチントン博士の論文に接し、それ以来住宅の提案と提供を通して現在まで研究を続けてきましたが、いまだに確信を持てないことも多いのです。全国に散在するホーミースタディーグループ(HSG)のメンバーもすでに1981年以来研究、研鑽と実践を行ってきていますが、いまだ研究や研修のために毎年百回以上の会合をもっています。真面目な住宅づくりは、一棟一棟が勝負です。住む人の満足によってHSGの仕事はまったく宣伝しないにもかかわらず自然にその輪が広がっています。
 
 大量生産や大量販売による住宅では幸福な家庭が永続する条件を仕組むことは不可能です。たとえばプレハブ住宅や見込み生産される規格作用への配慮は片鱗も見られない単なる建物です。窓や壁面の位置や大きさ、柱の位置や太さは建物に対しての効果に主眼がおかれて、環境を創造する効果は無視されているのです。価格の安いことは大いに歓迎すべきですが、役割を果たさず、むしろ不幸の原因ともなる条件をもつ住宅は重大な欠陥住宅といえます。
 
 しかし、日本人の住宅に対する感覚ではクレームの対象となるのは単なる建物や設備の欠陥や不備だけであって、本質的なことは問題にされないのです。ですから、ようやく最近になって住宅資材の化学物質による被害が問題にされてきてはいますが、そのこと自体は住宅全体の問題のまさに氷山の一角にすぎません。

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自然の学びを生かした住まいづくり36

・メダカの水はなぜ腐るのか?
・植物はなぜ朝日を必要とするのか?
・植物は根に影響を受けるのはなぜか?
・花ビンの花はなぜすぐにダメになるのか?
・食べ物はなぜ腐るのか?
・カーテンがカビるのはなぜか?
・低気圧は体調を崩しやすいのはなぜか?

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住宅環境に無関心な住宅業者の罪は重い【1】

 現実に悪い住宅によって被害をこうむっている人はたくさんいます。しかし、住宅環境による被害はすぐにその影響が現れない為、因果関係が実証しにくいせいもあって、人々はあまり関心を持ちません。最近、化学物質でできた住宅資材から生じるホルマリン(ホルムアルデヒト)によるアレルギー症状が問題になってきたことで、ようやく住宅環境に対する意識が高まりつつあります。
 
 ところが、そのことに便乗して、商魂たくましい住宅業者がにわかにエコロジストぶって「エコロジー住宅」とか「シックハウス」などと騒ぎ立て、新しい関心を駆り立てています。このような業者は表面(枝葉の部分)だけを強調しているだけで、肝心な中身(根幹の部分)の研究をしているわけではありません。営業テクニックとして科学物質の問題を利用しているに過ぎないのです。

 住宅環境の研究は一年や二年で結論が出るような単純なものではありません。環境作用は無限の条件が交錯して生じるものだからです。住宅環境はその土地の気候風土、地域性、立地条件、自然環境、土地柄ともいえる社会的な環境のすべてを把握し、さらに住む人の生理的要求を引き出して作り上げなければならないものなのです。したがって、独断や偏見は禁物であり、あらゆる学問を網羅して解決するべきだと考えています。

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自然の学びを生かした住まいづくり35

・メダカの水はなぜ腐るのか?
・植物はなぜ朝日を必要とするのか?
・植物は根に影響を受けるのはなぜか?
・花ビンの花はなぜすぐにダメになるのか?
・食べ物はなぜ腐るのか?
・カーテンがカビるのはなぜか?
・低気圧は体調を崩しやすいのはなぜか?

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色々と自然が教えてくれることが
たくさんあります。その住まいづくりを
かかげてみました。



仕事に責任感も任命感もない建築士

 本来、住宅計画の専門家は住む人自身でしたが、1950年につくられた建築基準法によって、住宅建築確認業務を円滑に行なうために建築士法が制定され、ペーパーテストによって建築法規を熟知した建築士という資格を与えるようになりました。それがいわゆる一級建築士といわれているものです。建築の代願士が一級や二級の建築士の仕事になったのですが、それがいつの間にか世間が一級建築士を熟達した建築専門家と見るようになったのです。資格さえあれば一級の専門家であるような錯覚に世間は陥り、建築士自身も実力の伴わない自負心をもつようになってしまいました。
 
 建築の仕事は飛行機や自動車を作るような高い精度や性能を必要としない単純な仕事ですが、どうでもよい仕事と思われるほど甘くはありません。しかし、ペーパーテストによるライセンスは、どうでもよい仕事をする専門家を大量につくり出したのです。その建築士たちが住宅観(住宅の理念)を追求することもなく、単に建築的手法だけで住宅計画をするようになったのが現代の住宅の抱える問題の原点となっています。つまり「住宅イコール建物」という概念によって設計しているだけで、住む人が生活していくうえでの利用効果や環境による作用などはまったく考慮していません。また顧客の将来における住宅に対するニーズの変化や、社会変化への対応もなく、今現在のとこしか考えずに住宅を計画しています。

 住宅は、誰のための何のためのものかという究極の利用目的は一切考えずに芸術家気取りで造形にだけ執念をもつ専門家は許されるものではありません。住宅の本質をわきまえずに住まいを計画した結果、その家族にもたらす影響がどれだけ重大なものになるかを理解していないのです。私に言わせれば専門家として責任感や使命感のない建築士たちが多いのが現状です。

 建築家たちは住宅に「見せ場」をつくることには懸命ですが、その見せ場が何の目的かをはっきりとはさせません。そうすることでどのようなメリットがあり、どのようなデメリットが生じる可能性があるか、それ以上によい方法はないだろうか、などいろいろな方面から検討することはしないのです。ただ単に感情と感覚によって場当たり的に計画しているにすぎません。

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